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N-85D26L/R1 パナソニック 大型車用バッテリー【他商品との同時購入不可】 PRO ROAD トラック・バス用カーバッテリー

N-85D26L/R1 パナソニック 大型車用バッテリー【他商品との同時購入不可】 X PRO ミシュラン ROAD トラック・バス用カーバッテリー

<<   作成日時 : 2011/04/04 22:16   >>

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 年配者の団体旅行の健康管理として海外についていったことがある。パリからエジプトにいく1週間ほどの旅行だった。すでに10年以上がたってしまったが、その時の写真を見ながら、頭の片隅に小さく固まっていた記憶をときほぐしてみた。

 一行は30余名、平均年齢が70歳代の団体である。成田からパリへ12時間かけて飛び、そこで2泊。パリでは凱旋門やらノートルダム寺院やらエッフェル塔やらお決まりの観光コースをゆっくり見て回った。翌朝2-3人で連れ立って凱旋門の屋上に上がり、放射状に広がるパリの街を見ていた記憶がある。無名戦士の墓に新しい花がささげられていたのが印象的だった。
    
 パリからエア・フランスの4時間半ほどのフライトで、はじめてアフリカ大陸に降り立った。ヨーロッパのぴかぴかの空港とは違い、カイロの空港はどこかほこりっぽい。本物の自動小銃で装備した警備員があちらこちらに配置されているのにまず面食らった。
 空港から市内にいく団体専用バスにも警備員が乗る。運転手の隣の最前列に一人とバス中央の出入り口後ろに一人。平服でニコニコと愛想が良いのだが上着の下にはやはり自動小銃がある。異質な世界にきたと実感する。それにカイロの街の運転マナーの悪さときたら。信号があってもなきが如し、守る人はいない。強引な右折左折、割り込みはあたりまえ。ウインカーは壊れているし、サイドミラーは割り込みに邪魔なのだろうか、ついている車を探す方が難しいくらいだ。クラクションをがんがん鳴らしながら走るので街はものすごくうるさい。無謀にもこの車の群れの間を無理やり横断する歩行者がいる。現地ガイドの人にこれで事故はないのかと聞くと、あるのだという。たいていの車は保険に入っていないので、事故にあうと大変なのだそうだ。
 
 エジプトはナイルの恵みによって繁栄してきた国だ。ナイルは流れは緩やかで、世界最長級のわりには川幅が狭いのにびっくりする。隅田川とかの少し大きめの日本の川くらいだ。ナイル川は上流のほうが太く、下流に行くにしたがって細くなる。これがあの有名なナイルの流れかと、ながめながら感慨ひとしおだった。
     
 ギザのピラミッドを見に行く。カイロの町並みの向こうに遠くピラミッドが見えてきたときは感動的だった。近くから見れば、ぐんと見上げるばかりのそびえたつ岩山である。この山のようなかたまりすべてが人の手で作られたなどとは信じられない。という月並みな感想しかでてこなかった。ピラミッドは砂漠の上に立っているようなイメージがあるが、実際には固い岩盤が露出した土地の上に立っている。
   
 一行のうち、元気のある人はクフ王のピラミッドの内部の見物にも入った。入り口まで急な斜面を少し登らなければならないのだが、これが結構こわい。なにせ45度はあろうかという傾斜の大きな石段である。昔はピラミッドの斜面を自由に上り下りしていたようだが、転落事故が相次いだとのことで、今は禁止されている。ようやっと入り口にたどりつく。ピラミッド内の通路の中はせまくて蒸し暑く、メガネが曇ってしまうほどだった。いろいろな国からの観光客が行になって順番に入り、何にもない石室を見て、列になって出て行った。

 とにかく大きいものをたくさん見た。これはメンフィスのプタハ神殿跡のラメセス2世像。この人は歴代の王の中でも力があり自己顕示欲の強い人で、エジプトのあちこちに自分の像を立て、自分の名前を刻んだ。これはその中でも最大級の石像である。

 ルクソールのカルナック大神殿である。巨大な遺跡で、その広さ、高さなどで圧倒される。列柱の迫力たるやすばらしい。昔はこれに屋根がついていたのだろうか。とすれば中はかなり暗かったのに違いない。
第4塔門の前の 左:ハトシェプスト女王のオベリスク(30.4m 380t) 右:トトメス一世のオベリスク(21.8m 130t)
トトメス一世のオベリスク
ホルス 力強い雄牛 マアト女神に愛されし者
上下エジプトの王 アアケペル・カーラー セチブエンアメン
彼は彼の記念物として彼の父である上下エジプトの支配者アメユ・ラーのためにつくった。2本の巨大なオベリスクを神殿の2つの塔門のところに建立した。

 その他、メムノンの巨像、ハトシェプスト葬祭殿 王家の谷のラメセス6世、9世にツタンカーメンの墓などを見て回った。
                     ナイルの向こうにカイロの町が見える

 エジプトでの大失敗が2つある。ひとつめは、つい調子に乗ってあれこれ食べた日の翌日。朝から猛烈な腹痛と嘔吐、下痢に襲われた。持参していた下痢止め、腹痛止め、抗菌薬まで動員し、ご丁寧に点滴持参していたのを自分にうつはめになった。1日寝ていてカイロ博物館の見学をパーにした。夕方のルクソールへの飛行機での移動がつらかった。幸いなことに次の日には大体おさまったので、痛む腹を押さえつつ王家の谷の見学についていった。二つ目の失敗は移動中のバスでの出来事。トイレ休憩には何ともないと思って行かず、バスが走り出して1時間、急に小用を催してきた。耐えて、耐えて、額に脂汗が出て、次までちょっと無理、ごめんなさいガイドさん、おしっこしたいんですけどー、もうたえられませんっ。バスは止まり、ガイドさんが近所の家にトイレの交渉をしてくれた Pivot(ピボット) 3-drive・PRO ハーネスセット (3DP+TH-8A) 【MINI (ミニ) MINI ONE R50 年式:H13.10~ 車種:RA16 エンジン:W10B16A】 品番:3DP-8A。畑が広がりニワトリが放し飼いの農家である。母屋から離れてトイレがある。日干しレンガの入り口は布で仕切ってある小さな建物で、トイレといっても真ん中に溝がほってあるだけ。至福のひと時を過ごし、脇に置いてあるナイルの水で流した。流した先は単に地面に掘っただけの穴だったと思う。農家の夫婦はにこにこしていて愛想がよかった。シュクラン、シュクラン(ありがとう)を連発してバスに帰った。こんな大ヒンシュクは一行の中でも私だけでありました。反省。
                        日干しレンガの家と用水路

写真と一緒にHilton Luxorのロゴの付いたメモが出てきた。ホテルの部屋で、朝起床後のあいた時間をつかって文章を書いたのを思い出した。

 2000年10月17日 ルクソール
 ここルクソールのホテルの部屋の窓から、庭先の塀の向こうに日干しレンガの一般庶民の家がみえる。日干しレンガとはナイルの泥にワラを混ぜて型で固めて干しただけの物で、単にそれを積み上げて家の形を作る。貧しい家はそれにワラのようなもので屋根を葺いただけ。ちょっとしゃれたふうなのは柱と梁に鉄筋コンクリートを使い、壁の部分だけ日干しレンガである。その柱の鉄筋が屋根部分から空に突き出した家が多く、いかにも建築中である。なんでも、建築中の家は税金が安いらしい。そんな家に何年も住んでいる。永遠に完成することのない家だ。
 ホテルの庭の塀の向こう側からは犬や鳥、ヤギ、ロバなどの鳴き声がにぎやかに聞こえ、人の私には理解できない会話が聞こえ、子供たちの歓声が上がる。高い塀と木立を境として、こちらは手入れの行き届いた芝生の庭があり、向こうの日干しレンガの家の窓にはガラスすらない。彼らが1年働いてもこのホテルには1泊もできないのではないだろうか。そんな境界が、目の前に見える。
 ここの男たちは昼間より道端でぶらぶらしているようなのが多い。涼しい木陰で、何人か集まってしゃがみこみ、なにやら話している。ズラッとした1枚の長い服、頭には布を巻いていたり、いなかったりする 。女たちは黒い服に黒のスカーフを頭からかぶり髪をかくす。若い未婚の女性は白のスカーフだったりする。男と女が一緒にいるのはたいがい夫婦で、それ以外で一緒に歩いたりすることはまずない。女たちは面長で彫が深く、美しい。その服装は彼女たちにつつましさを与えている。これがカイロに行くと女たちの服装はかなり自由で、そのまま東京で歩いていても違和感がないような人達もたくさんいる。それでも皆、立派な回教徒なのだそうだ。街の道はきたない車が走り、自転車が走り、馬車がいきかう。観光客相手のこぎれいな店が続いたかと思うと日干しレンガの家があり、それが遺跡と隣りあっていたりする。
                       写真はホテルの部屋から撮影

 ルクソールのスーク(市場)を馬車で見物した。狭い通りの両側に、所狭しと店が並んでいる。ナイルの恵みのすばらしさを実感。
                スーク見物の馬車 左手前は水パイプ店、その奥は衣装屋
                     さかなやさん、ハエがたかってるってば!
                         牛の頭は売り物ですか?
                        偉大なるナイルの豊かな実り

 エジプトではどの観光地でも、観光バスが通る道にまでところどころに武装警官が立っているし、遺跡の駐車場の前ではいくつかの検問がある。日本人の団体の観光バスなどはフリーパスだが、アラブ人の一般車両はいちいち止められ、車の中を警官が覗きこんでいる。駐車場は厳重に囲いがされ、武装警官がうじゃうじゃていて、一般市民は近づくことができない。駐車場の周囲の警備は特に厳重で、何十人もの武装警官が分散して配置についている。何れもピストルはもちろん自動小銃や銃身の長い銃を持ち、さらには銃先にカバーしてある剣がついているのまである。遺跡は観光客以外はほとんど入れないし観光客にしてもバックの中身をいちいちチェックされる LEXON LEXUS GS250/350/450h EXCLUSIVE (2012/01~2015/10) サイドスプリッター LFAタイプ:183mm カーボン製。アラブ人の家族がピラミッド見物に来ていたが、数人の警官に取り囲まれて執拗にチェックを受けていた。

。子供が塀の間から観光客に物を売ろうとしていたが、即座に警官に怒鳴られ、塀の外まで走って追いかけられていた。スフィンクスの周りも外から人が近寄れないように金網があって、その中の観光客が通る通路には腰の高さくらいの分厚い塀のようなものがあった。外から銃で狙われたらここに伏せろということなのだな、と思った。当時はテロリストの観光地襲撃の後だった。二度と事件は起こさないぞというエジプト政府の熱意が伝わってきた。また、これだけの官は政府の雇用対策の一環でもあるのだろうと思った。


 旅行もほぼ終わりに近づいたある日、ナイル川に係留された船でベリーダンスを見るディナークルーズに団体で行った ■エスペリア スーパーダウンサスラバー【BR-2686R】リア トヨタ ルーミー M910A 4WD NA 1.0L / カスタムG / カスタムG"S" 1KR-FE H28/11~。船の客はほとんどが日本人で占められていた。ディナー会場の船室の窓からはカイロの町の光とナイルの川面が見えた。料理が次々と運ばれ、楽団の歌手が歌い、ベリーダンスがあり、にぎやかで騒がしかった。おなかが満足してくると飛び入りでマイクを握って歌を歌いだす客が出た。有名なシャンソンなどなら現地の楽団も演奏することができた。俺も歌いたい、ベリーダンスを踊りたいなどという客が次々に出てきて、さながら日本でのどんちゃん騒ぎのようになった。私は下手な歌とあまりの騒がしさに辟易して席を立ち、船室のドアを開けて薄暗いデッキに出た。
 デッキには隅の方で武装警官が所在なげに座っていた。どうにか顔が識別できるくらいの明るさで、私と目が合うと軽く会釈をし、またナイル川に目をやっていた。私もまたベンチに座り、ナイルの川面に対岸の建物や街灯からの明かりがゆらめいているのをながめていた。そこへ今回の旅行の副団長がドアを開けて出てきた。副団長は七十有余歳で背はしゃんとのび、スマートな体型の人だった。旅行中はてきぱきと行動し、人の意見を集め、気配りをよくしていた。具合の悪い人や睡眠薬がほしい人が誰なのかもすぐに連絡してくれて、旅行中から懇意になっていた。彼は私を見つけるとそばによってきて二人でベンチに並んで座った。さしさわりのない旅行の話をポツリポツリとして二人でぼんやりとナイル川の流れをながめていた。しばらくして急に何かを決心したかのように、彼はこんな話をはじめた グッドイヤー ベクター Vector 4Seasons Hybrid オールシーズンタイヤ 215/50R17 HotStuff 軽量設計!G.speed P-01 ホイールセット 4本 17インチ 17 X 7 +38 5穴 114.3。・・・・
   
 エジプトは今回初めてだったんですが、私は仕事でいろんな国に行きましたよ。アメリカ、メキシコ、南米やヨーロッパもいろいろ行きましてね。年取ったいまでも体はいたって丈夫なもんだが、若いころは病院にだいぶお世話になりました。兵役も丙種かなんかで戦争には行かずに最後まで内地勤務で終わりました。戦後は○○公社に勤めまして、退職後は病院関係の団体の役員をやってます。この前はキューバの病院の見学に行ったのですよ。こんなに長生きするとは思わなかったな。若いころは兎に角からだが弱くて、長くは生きられないと思っていましたからね。・・・
・・・私にはね、命の次に大切な人が一人いるんです。戦後働き出してすぐのころ、私は結核で長く入院しましてね。一時は身動きができないくらいひどくなり、もうだめかと思いました。そのころようやっと治療薬のストマイが出てきてね。あれをうったのと、ある看護婦さんね。何でもよくしてくれて、何でも世話してくれて。買い物頼めば買ってきてくれるし、面白い本があったと貸してくれるし。毎朝早く来て、花瓶の花を新しいのと取り替えてくれました。彼女は僕の体を拭いてくれたから、僕のすべてを知ってました。すべてを知っていたんですよ。外出できるようになると外で待ち合わせをして映画を見に行ったり、そのころようやっとできた喫茶店らしいところに行って、あやしげなコーヒーのようなものを飲んだりしてね。退院した後は手紙をずっとやり取りしてました。今でも大事に束ねてとってあるんです。とても大切な人でした。でもね、結婚を申し込んだんだが、多分だめだろうと思っていましたけれどもね、やはり断られましてね。しばらくして聞いてみると、10歳くらい年下の、たかがはたちすぎの石屋の見習いと結婚したんだって。石屋の見習いとですよ、何でそんなのと結婚しなくちゃならなかったんだ・・・
 ( 「何がいけなかったんでしょうか」 )
それはね・・・ほんとうはね、僕がいけなかったんですよ。ずるかったんです。はかりにかけたんです、ほかの女性と。それをほのめかしたりして、彼女をためすようなことをしたんです。いけないことをしたんです。それから僕は別の人と結婚したんだが、何をするにしても、彼女のことをね、ちょっとですけれどもね、思い出したりしてね。妻は早くに病気で死にまして、それから、彼女はどうしているかな、と思って。探偵社の人に探してもらったんです。そうしたらね。彼女はその何年か前に死んでいました。・・・お墓のところも教えてもらってね。見に行ったんです 【メーカー在庫あり】 三菱日立ツール(株) 日立ツール ATコート NEエンドミル レギュラー刃 2NER26-AT 2NER26-AT HD。町外れに大きな川が流れている田舎の町でした。お墓を見てきました。帰りに川の岸まで降りていってね。・・・僕は、泣きましたよ。・・・

 ナイル川の本流は全長6700kmに及ぶ世界有数の川である。5000年に及ぶ人間の歴史をはぐくみ、多くの国の存亡を見てきた。数え切れないほどの多くの人影や街の光が川面にうつり、川はたくさんの悲喜こもごもの物語を聞いてきた。私は夜のナイル川を見ながら、彼の話が川の流れに映る光の一瞬のきらめきであるように思った。

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